岡崎おでかけナビより松應寺さんのページです。

松應寺

「松應寺」の情報は「岡崎おでかけナビ」で。 天文18年(1549)3月、岡崎城主松平広忠は城中で家臣に刺殺され、なきがらは能見ヶ原の月光庵に埋葬されました。同年11月、家康は今川方の人質として熱田から駿府へおもむく途中、月光庵に参り、その墓上に小松を植え、松平一族の繁栄を祈願しました。 永禄3年(1560)家康は桶狭間の合戦後、岡崎城主となり、非業の死を遂げた父の菩提のため、月光庵の地に寺を建立しました。 家康は手植えの松が緑深く伸長したことと、人質の身であった自分が城主として再び三河の地に帰れたことを喜び「我が祈念に応ずる松なり」として寺号を松應寺と名付けました。 松應寺の境内は、昭和の時代まで花街として栄えていましたが、近年はほとんどが空き家となっていました。そんな中、かつての賑わいを取り戻そうと松應寺横丁街づくり協議会が発足し活性化を開始。いろんなお店ができてきており、古きよき昭和の雰囲気を感じられる、有数の名所となっています。 特に地元の人が不定期に開催する「にぎわい市」はかつての花町を髣髴とさせるような活気です。 また、境内には珍しい早咲きの白い藤が咲きます。ソメイヨシノが終わるころに開花し、4月いっぱい楽しめます。

岡崎おでかけナビ - 岡崎市観光協会公式サイト

おかざき松應寺横丁一箱古本市

岡崎市松本町42番地、松應寺横丁で開催される一箱古本市の公式サイトです。 当日は年に2回のにぎわい市も開催され大勢のお客様で境内は大賑わい。

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